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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)11120号 判決

原告

清水義夫

被告

小林梅雄

ほか四名

主文

被告小林梅雄及び被告今野薫は、各自、原告に対し、金二九五万五、五九二円及びこれに対する昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告竹内房子、被告竹内恒弘及び被告竹内美香は、それぞれ、原告に対し、金九八万五、一九七円及びこれに対する昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告小林梅雄及び被告今野薫との間に生じた分は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を右被告両名の負担とすることとし、原告と被告竹内房子、被告竹内恒弘及び被告竹内美香との間に生じた分は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を右被告三名の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告小林梅雄及び被告今野薫は、原告に対し、連帯して、金五七八万円及びこれに対する昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告竹内房子、被告竹内恒弘及び被告竹内美香(以下「被告竹内三名」という。)は、原告に対し、それぞれ金一九二万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年二月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告小林訴訟代理人並びに被告竹内三名及び被告今野訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

原告は、昭和四八年二月二五日午後九時一五分頃、被告今野の運転する自家用普通乗用自動車(練馬五五は七四六七号。以下「竹内車」という。)に同乗して、川越街道を池袋六又陸橋方面から板橋方面に向け進行中、東京都豊島区池袋四丁目四七四番地先交差点(以下「本件交差点」という。)において、竹内車が右交差点を直進通過しようとしたところ、折柄、川越街道の対向車線から平和通りに向けて本件交差点を右折しようとした被告小林の運転する営業用普通乗用自動車(練馬五く三二三九号。以下「小林車」という。)と衝突し、この事故(以下「本件事故」という。)により、原告は傷害を受けた。

二  傷害の部位、程度等

原告は、本件事故により、左上腕骨骨折、左橈骨神経麻痺、顔面切創、歯冠破折等の傷害を受け、その治療のため、昭和四八年二月二六日から同年五月一五日まで(七九日間)日本大学医学部附属板橋病院(以下「板橋病院」という。)に入院し、この間、同病院歯科において歯冠の治療も受け、同病院を退職後、同年五月三〇日から昭和五〇年三月二〇日まで実日数で三三日間同病院に通院し、この間、昭和四九年四月八日から同月二一日まで(一四日間)同病院に再入院して骨折部位の内固定抜去術を受ける一方、顔面切創により生じた顔面線状瘢痕の治療のため、昭和四八年六月二〇日から昭和五〇年三月五日まで実日数で一三日間東京警察病院(以下「警察病院」という。)に通院し、この間、昭和四八年七月一七日から同月二四日まで(八日間)同病院多摩分院(以下「多摩分院」という。)に入院し、同年九月一七日には同分院に赴き、更に昭和四九年一月四日から同月一二日まで(九日間)及び同年七月二日から同月九日まで(八日間)はいずれも同分院に入院してその都度顔面線状瘢痕の整形手術を受けたが、労働者災害補償保険法施行規則別表身体障害等級表第一二級第一三号に該当する右顔面線状瘢痕の後遺障害が残つた。

三  被告らの責任原因

1  被告小林は、小林車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

2  亡竹内久雄は、竹内車を保有し、これを身己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任があるところ、同人は、本訴係属中の昭和五二年三月一日死亡したため、亡久雄の妻である被告竹内房子、その子である被告竹内恒弘及び被告竹内美香は、亡久雄の相続人として(他に同人の相続人はいない。)、法定相続分に従い、亡久雄の右賠償債務を各三分の一ずつ相続により承継した。

3  被告今野は、竹内車を運転するに当たり、前方を十分に注視して適切な運転操作をして、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、漫然本件交差点を直進通過しようとした過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

四  原告の損害

本件事故により原告の被つた損害は、次のとおりである。

1  治療費

原告は、前記入・通院による治療費として、板橋病院に対し金五九万七、六八二円、警察病院に対し金一万七、六二五円、多摩分院に対し金五六万三、〇八五円の支払を余儀なくされ、右合計金一一七万八、三九二円の損害を被つた。

2  入院雑費

原告は、板橋病院及び多摩分院への入院合計一一八日間につき、諸雑費として一日当り金四〇〇円を下らない支出を要し、合計金四万七、二〇〇円の損害を被つた。

3  逸失利益

原告は、本件事故当時健康な男子であつたところ、本件事故による前記後遺障害のため、就職及び勤務について多くの制約を受け、生涯にわたり、その労働能力の一四パーセントを喪失したものであり、本訴提起時の昭和五〇年一二月二七日現在、日本大学経済学部二年に在学中(二〇歳)であることにかんがみれば、原告は、本件事故に遭わなければ、大学を卒業する二三歳から六七歳まで稼働して、この間年額金一三五万八、二〇〇円(労働大臣官房統計情報部編昭和四九年賃金構造基本統計調査報告第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の二〇歳から二四歳までの平均年収額)を下らない収入を得ることができたはずであるから、以上を基礎としてライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、金二九〇万一、二七八円とする。

4  慰藉料

原告は、前記のとおり入・通院の継続を余儀なくされ、多大な精神的苦痛を被つたが、これに対する慰藉料は金一〇〇万が相当である。

更に、原告は、将来性のある若い男性であるが、右顔面に前記の後遺障害が残つたため、生涯他人の目を気にして生きていかねばならず、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つたものであるところ、これに対する慰藉料は、金一〇〇万円を下ることはない。

5  損害のてん補

原告は、小林車及び竹内車の自動車損害賠償責任保険以下「責任保険」という。)から、合計金一〇四万円の支払を受け、前記1ないし4の損害額の一部に充当した。

6  弁護士費用

原告は、被告らが前記のほか損害賠償金を任意に支払わないので、やむなく、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、着手金として金二〇万円を支払い、更に報酬として金五〇万円の支払を約した。

五  よつて、原告は、被告小林及び被告今野に対し連帯して前項1ないし4の損害額から5のてん補額を控除し、これに6の額を加えた額の内金五七八万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、被告竹内三名に対し、被告小林及び同今野と連帯して、それぞれ右金五七八万円の三分の一以内である金一九二万六、〇〇〇円及びこれに対する前同様の日である昭和四六年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告らの免責等の主張に対する答弁

1  被告小林及び被告竹内三名の免責の主張事実は、争う。

2  被告竹内三名及び被告今野の好意無償同乗の主張事実は、争う。

第三被告小林の答弁等

被告小林訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実は、認める。

二  同第二項の事実は、知らない。

三  同第三項1の事実は、認める。

四  同第四項の事実中、5の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

五  免責の主張

被告小林には、次のとおり、自賠法第三条ただし書に規定する免責事由があるから、原告に対し損害を賠償すべき責任はない。すなわち、被告小林は、本件交差点を右折するに際し、竹内車の走行してきた対向車線の安全に十分注意を払い、同車線の対面信号の変わり目で竹内車の先行車二台が本件交差点手前で停止するのを確認したうえで、右折を開始したものであるから、小林車の運行につき注意を怠つておらず、本件事故は、被告今野が竹内車を運転走行するに当たり、時速約九〇キロメートルのスピードで暴走し、前記先行車二台を追い越して対面信号を無視して本件交差点に突入したため生じたもので、専ら同被告の速度違反及び信号無視の過失により発生したものであり、小林車には本件事故と関係のある構造上の欠陥も機能の障害もなかつたものである。

第四被告竹内三名及び被告今野の答弁等

被告竹内三名及び被告今野訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実は、認める。

二  同第二項の事実は、争う。

三  同第三項2の事実は、認めるが、同項3の事実は否認する。

四  同第四項の事実中、5の事実は認めるが、その余の事実は争う。

五  被告竹内三名の免責の主張

亡久雄には、次のとおり、自賠法第三条ただし書に規定する免責事由があるから、被告竹内三名には、原告に対し損害を賠償すべき責任はない。すなわち、本件事故は、被告小林が、小林車を運転して本件交差点を右折するに際し、直進車の有無を確認し、直進車がある場合には、その進行を妨害せず、その交差点の通過をまつて右折すべき注意義務(道路交通法第三七条)があるにかかわらず、これを怠り、本件交差点を直進通過しようとした竹内車を看過し、その進行を妨害した一方的過失により発生したものであつて、被告今野は、前方に対する注意を怠つたことはなく、被告小林が前記の注意義務を遵守するものと信頼して竹内車を運転走行していたものであるから、本件事故発生につき何らの過失もなく、亡久雄も竹内車の運行に関し注意を怠つておらず、更に、竹内車には、本件事故発生と関係のある構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたものである。

六  好意無償同乗の主張

原告と被告今野とは、中学時代からの友人であり、本件事故当時も、極めて仲がよく、仲間のたまり場となつている豊島区要町所在の喫茶店「みち」で毎日のように会つて談話するなどしていた関係にあつたところ、本件事故当夜、被告今野は、亡久雄の弟から、その友人平野を竹内車で日暮里まで送るよう懇請され、これを承諾したが、帰路の話し相手を同乗させようと考え、「みち」に立ち寄り、折柄、同所に集まつていた原告、勝野之尚ら五、六人に対し同行を誘つたところ、全員が希望し、車の定員を超過してしまうので、同行者を断念し「みち」を出ようとしたところ、原告及び勝野が是非一緒にドライブしたい旨同乗を懇請し、一たんはこれを断つたが、右両名がなおも強く同乗を希望したため、やむをえず、右両名の同乗を承諾したものであつて、本件事故は、平野を送つた帰途に発生したものであるから、仮に被告竹内三名及び被告今野に損害賠償責任があるとしても、以上のような原告と被告今野との関係及び原告が竹内車へ同乗するに至つた経緯に照らし、損害賠償額の算定に当たつては、右事情を十分に斟酌し、相当額を減額すべきである。

第五証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生及びその態様)

一  原告主張の日時及び場所において、川越街道を池袋六又陸橋方面から板橋方面に向けて進行し、本件交差点を直進通過しようとした被告今野の運転する竹内車と、その対向車線から平和通りに向けて同交差点を右折しようとした被告小林の運転する小林車が衝突し、その結果、竹内車に同乗していた原告が傷害を受けたことは、本件当事者間において争いがない。

よつて、進んで本件事故の態様等につき審究するに、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の一ないし四、同号証の六ないし九及び同号証の一一ないし一五並びに証人勝野之尚の証言並びに原告、被告小林梅雄及び被告今野薫各本人尋問の結果(乙第一号証の三及び一一並びに証人勝野の証言並びに原告及び被告今野各本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故現場は、池袋六又陸橋方面から板橋方面に通じ、歩車道の区別があり、車道は、幅員六・七メートル、高さ約〇・二メートルの中央分離帯により幅員九・八メートルで三通行帯に区分された板橋方面行車線(以下「下り車線」という。)と幅員一三メートルの池袋六又陸橋方面行車線(以下「上り車線」という。)に分離されており、直線平坦で夜間でも照明燈により明るく見通しの良い、車両最高速度時速四〇キロメートルに規制された川越街道と、池袋駅西口方面から通ずる幅員七・一メートルの平和通りとが斜め(池袋六又陸橋側が鋭角)に交わる信号機により交通整理された交差点(本件交差点)内であり、本件交差点付近では川越街道の中央分離帯は途切れており、その池袋駅六又陸橋側部分と板橋側部分との間に、川越街道に沿つて高架に敷設された首都高速道路の橋桁が設置してあつて、この橋桁の池袋六又陸橋側側端と池袋六又陸橋側部分の中央分離帯の板橋寄り側端との間が六メートル開いており、川越街道上り車線から平和通りへ右折する車両は、この部分を通るようになつており、また、本件交差点の池袋六又陸橋側川越街道上には幅員四・三メートルの横断歩道が設置され、同街道下り車線上には右横断歩道の手前四・二五メートルのところに停止線が標示されていたこと、しかして、被告今野は、竹内車を運転し、前記制限速度を大幅に超える時速八〇キロメートルないし九〇キロメートルの高速度で川越街道下り車線の第三通行帯を板橋方面に向けて走行し、本件交差点に差しかかつたところ、対面信号が青色であり、また、進路右前方約八〇メートルの地点に、上り車線から前記中央分離帯と橋桁との間を平和通り方面に向けてゆつくりと右折進行する小林車を認めたので、進路を第二通行帯に変えるとともに軽くブレーキを踏んだが、小林車が下り車線へ進入する手前で一時停止したため、自車(竹内車)の通過を待つものと速断してブレーキから足を離し、先通過を合図するため前照燈の向きを上下させながら、従前と殆んど変わらぬ速度のまま進行を続け、折柄、対面信号が青色から黄色に変わつたため減速しつつあつた北川康太郎運転の先行車(以下「北川車」という。)の左側を右信号の変わつたのに気付かないまま追い越して停止線の手前約七メートルの地点に至つたところ、小林車が再び発進して徐徐に下り車線を横断し始めたため、衝突の危険を感じて左にハンドルを切るとともに急制動の措置を採つたが、間に合わず、停止線から約二五メートル交差点内に進入した地点で竹内車前部を小林車左側面に衝突させるに至つたものであること、一方、被告小林は、小林車を運転し、川越街道上り車線を池袋六又陸橋方面に向け走行して本件交差点に至り、平和通りへ右折するため、上り車線から前記中央分離帯と橋桁との間において一時停止して下り車線の直進車の通過を待つていた三台の先行右折車に後続して上り車線上に一時停止し、その後先行右折車の本件交差点通過により徐徐に中央分離帯と橋桁の間を進行して下り車線との接点に達し、一時停止して下り車線を池袋六又陸橋方向から進行してくる車両の有無を確かめ、同方向四、五〇メートル先の地点を本件交差点に向けて走行してくる北川車及び竹内車を認めたが、同車の速度には深く注意を払わず、また、同車の前照燈の方向の上げ下げを看過したため、距離関係のみから同車より先に右折できるものと速断し、加えて、この時下り車線板橋方面の対面信号が青色から黄色の表示に変わつたため、自車(小林車)の進路は安全であるものと軽信して時速約一〇キロメートルの速度で再発進して平和通りに向けて下り車線を横断し始めたところ、竹内車が高速度で本件交差点内に進入してきたため、なすすべもなく、再発進後約九・八メートル進行した地点で、前記のとおり同車と衝突するに至つたこと、及び右衝突の結果、小林車は、衝突地点から一八メートル板橋寄りの下り車線上に車首を板橋方向に向けて停止し、また、竹内車は、衝突地点から九・八メートル先の下り車線側板橋寄り歩道上に横転して停止し、下り車線上に、竹内車の進行に沿つて、池袋六又陸橋方面から衝突地点に達する、長さ一六・五メートルに及ぶ同車左前後輪のスリツプ痕(下り車線歩道側側端から三・六メートル道路中央寄りで始まり、同側端から一・五五メートル道路中央寄りで終わつている。)及び長さ六・七メートルの同車右前後輪のスリツプ痕を残したが、小林車のスリツプ痕はなかつたこと、以上の事実を認めることができ、乙第一号証の三及び一一並びに証人勝野之尚の証言並びに原告及び被告今野薫各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、叙上認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(被告今野の責任)

二 上叙認定した事実関係によれば、被告今野は、竹内車を運転して信号機により交通整理のされた本件交差点を通過するに際し、進路右前方八〇メートルの本件交差点内地点に自車の進路を平和通り方面に向けて右折しようとしている小林車を発見したのであるから、制限最高速度を遵守すべきはもちろん、対面信号の表示及び小林車の動静に十分注意し、対面信号が青色から黄色の表示に変わり、同車が自車(竹内車)進路上に進入してきた場合、これとの衝突を避けることができるよう速度を適切に調整して走行すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、小林車が川越街道下り車線進入直前に一時停止したことをもつて、自車の通過を待つに出たものと速断し、かつ、対面信号が青色から黄色の表示に変わつたのを看過して、漫然、制限速度を大幅に越える高速度で本件交差点に進入した過失により本件事故を発生させたものというべきであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(被告竹内三名の責任)

三 亡竹内久雄が竹内車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは、原告と被告竹内三名との間に争いがないところ、被告竹内三名は、本件事故は、専ら被告小林の過失により発生したものであつて、被告今野及び亡久雄は竹内車の運行に関し注意を怠つておらず、竹内車には本件事故発生と関係のある構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、亡久雄には自賠法第三条ただし書に規定する免責事由がある旨主張するが、本件事故が被告今野の過失により発生したものであることは、前項で判示したとおりであるから、被告竹内三名の免責の主張は、採用するに由ないものといわざるをえない。

してみれば、亡久雄は、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任があるところ、同人が、本訴係属中の昭和五二年三月一日死亡したこと、及び被告竹内房子は同人の妻、被告竹内恒弘及び被告竹内美香は同人の子で、他に同人の相続人はいないことは原告と被告竹内三名との間に争いがないから、被告竹内三名は、法定相続分に従い亡久雄の原告に対する右損害賠償債務を各三分の一ずつ相続により承継したことになる。

(被告小林の責任)

四 被告小林が、小林車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは、原告と同被告との間に争いがないところ、同被告は、本件事故は、専ら被告今野の過失により発生したものであつて、被告小林は小林車の運行につき注意を怠つておらず、小林車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、自賠法第三条ただし書に規定する免責事由がある旨主張する。しかし、前記認定の事実関係によれば、被告小林は、小林車を運転して本件交差点を右折するため、川越街道下り車線の直前において一時停止した際、同車線を本件交差点に向けて直進してくる竹内車を発見したのであるから、同車の動静を十分注視し、単に同車との距離のみならず、その速度、交差点の信号機の表示等諸般の状況に照らし、同車の進行を妨害することなく右折を完了できる場合を除き、直進車である同車の通過を待つて同車線の横断を開始すべき義務があるにかかわらず、これを怠り、竹内車が前照燈の方向を上下させながら高速度で交差点に接近しつつあり、川越街道下り車線の対面信号は青色から黄色表示に変わつた直後で直進車があえて交差点通過をはかる可能性も十分残つており、竹内車の通過を待たずに横断を開始すれば、同車と衝突する危険が明らかな状況にあつた点を看過し、漫然、横断を開始して同車の進路上に小林車を進出させた過失により、本件事故を発生させたものというべきであるから、被告小林の免責の主張もまた採用するに由ないものといわざるをえない。

してみれば、被告小林は、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(好意無償同乗の主張について)

五 被告竹内三名及び被告今野は、原告と被告今野との関係及び原告の竹内車への同乗の経緯にかんがみ、損害賠償額の算定に当たつては、右事情を十分に斟酌し、相当額を減額すべきである旨主張するので、この点につき判断するに、証人勝野之尚の証言並びに原告及び被告今野薫各本人尋問の結果(原告及び被告今野各本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、原告と亡竹内久雄は従兄弟の関係にあり、原告と被告今野との関係及び同被告が竹内車を運転し、原告を竹内車へ同乗させるに至つた経緯は、被告竹内三名及び被告今野の主張するとおりであること(ただし、原告及び勝野之尚が被告今野に竹内車への同乗を強く申し出、被告今野がやむなく右両名の同乗を許容したような事実はない。)を認めることができ、被告今野薫及び原告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、叙上認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかして、右認定の事実関係に徴すると、原告が竹内車に同乗するに至つたのは、元はといえば、被告今野が平野を送つた帰途の話し相手を得ようとして原告らを誘つたためであり、本件事故はその帰途において発生したものであるから、同乗者の強要等により帰途の経路を離れ、ドライブ等に赴く過程での事故であるというなど特段の事情の認められない本件においては、原告が竹内車に同乗した前記の経緯をもつて、直ちに損害賠償額を減額すべき事情があるものとは到底認め難いところであり、したがつて、被告竹内三名及び被告今野の上記主張は採用するに由ないものというほかはない。

(原告の傷害の部位程度等)

六 前掲乙第一号証の七及び成立に争いのない用第三号証ないし第一七号証並びに原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故により、左上腕骨骨折、左橈骨神経麻痺、顔面切創及び左下犬歯歯冠破折の傷害を受け、その治療のため、本件事故当日から昭和四八年五月一五日まで(八〇日間)板橋病院に入院し、この間、同年三月三日には前記骨折に対し観血的整復固定術及び神経剥離術を受け、また同年三月二〇日から四月二四日までの間に同病院歯科において前記歯冠の治療も受け、同病院を退院後、同年五月三〇日から昭和五〇年二月二〇日まで実日数で三三日間同病院に通院し、四九年四月八日から同月二一日まで(一四日間)は同病院に再入院して骨折部位の内固定抜去術を受けたこと、一方、顔面切創により主に右顔面に多数の線状瘢痕が残り、その診察治療のため昭和四八年六月二〇日から昭和五〇年三月五日まで実日数で少なくとも一三日間警察病院に通院し、この間昭和四八年七月一七日から同月二四日まで(八日間)多摩分院に入院し、同年九月一七日には同分院に赴き、更に、昭和四九年一月四日から同月一二日まで(九日間)及び同年七月二日から同月九日まで(八日間)はいずれも同分院に入院して四回にわたり顔面醜状瘢痕の形成手術を受けたこと、以上の入・通院による治療の結果、原告の前記傷害は、遅くとも警察病院への通院を終えた昭和五〇年三月五日頃までに、右顔面に数条の線状瘢痕の後遺障害並びに左肘関節の軽度の運動制限、左上腕に肘から肩にかけて約三〇センチメートルの軽微な傷痕、口元の軽微な麻痺、開口時の口の形の多少の歪み及び右眼瞼が睡眠時にも完全に閉じない等のごく軽微な症状を残して治癒し、線状瘢痕の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級第一二級第一三号に該当する旨の認定を受けたところ、右後遺障害はその後徐徐に軽減してきており、更に、将来数度に分けて形成手術を行う予定であること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない(なお、原告本人尋問の結果によれば、原告の視力は、本件事故当時、両眼とを一・五であつたが、昭和五二年九月二〇日現在では〇・七か〇・六に低下した事実を認めることができるけれども、右視力低下と本件事故との因果関係は、原告本人尋問の結果によるも、いまだこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。)。

(原告の損害)

七 よつて、本件事故により原告が被つた損害額につき、以下判断することとする。

1  前掲甲第四号証ないし第一〇号証及び第一三号証ないし第一七号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前記入・通院による治療費として、板橋病院に対し金五九万七、六八二円、警察病院に対し金一万七、六二五円、多摩分院に対し金五六万三、〇八五円の支出を余儀なくされ、以上合計金一一七万八、三九二円の損害を被つたことを認めることができる。

2  原告本人尋問の結果によれば、原告は、板橋病院及び多摩病院へ入院期間中、チリ紙代、補食費、原告の家族が原告の着替え等を病院に届ける際の交通費等諸雑費を支出したことを認めることができ、前示入院期間、症状等に照らすと、その額は、平均して一日当り金四〇〇円を下らなかつたものと推認することができるから、本件事故当日を除く板橋病院及び多摩分院への入院合計一一八日につき、一日当り金四〇〇円として算定すれば、合計金四万七、二〇〇円となり、原告は同額の損害を被つたものということができる。

3  原告は、本件事故による顔面線状瘢痕の後遺障害のため、生涯にわたり、その労働能力の一四パーセントを喪失した旨主張し、これに基づく逸失利益を請求し、原告本人尋問の結果によれば、原告は、当裁判所において本人尋問を行つた昭和五二年九月二〇日現在、日本大学経済学部経済学科四年に在学中の男子(昭和三〇年七月二四日生まれ)であり、卒業後は営業関係の業務に従事したいとの希望を有しているが、顔面線状瘢痕があるため就職試験などこれが無い場合に比して不利であり、同日現在ではこの方面への就職は困難な状況にあることを認めることができるけれども、原告の性別、学歴、後遺障害及び残遺症状の種類、部位、程度及び後遺障害認定後の経過にかんがみれば、原告本人尋問の結果によるも、いまだ、前記後遺障害又は残遺症状が、原告の将来稼働開始後の得べかりし収入に何らかの減少をもたらすべきものと認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はないから、原告の主張は失当であり、逸失利益の請求は理由がないものというほかはない(なお、原告本人尋問の結果認めることのできる叙上の事情は、慰藉料額を算定するに当たり、十分斟酌されるべきことは、論をまたない。)

4  原告が、本件事故により、精神的、肉体的苦痛を被つたことは、叙上認定したところから明らかであるところ、原告の年齢、性別並びに傷害の部位程度、入・通院期間、後遺障害等の内容及び前記3で認定した就職事情その他本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を総合すると、原告の前記苦痛に対する慰藉料としては、金二五〇万円が相当である。

5  原告が小林車及び竹内車の責任保険から合計金一〇四万円の支払を受け、前記1ないし4の損害額の一部に充当したことは本件当事者間に争いがないので、これを控除すると、弁護士費用を除く損害残額は、金二六八万五、五九二円となる。

6  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、被告らが、前記のほか損害賠償金を任意に支払わないので、やむなく本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、着手金として金二〇万円を支払い、報酬として金五〇万円の支払を約したことを認めることができるところ、本件事案の内容、審理経過、前記認容額等にかんがみれば、弁護士費用としては、金二七万円をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。

7  以上によれば、原告が本件事故により被つた損害残額は前記5及び6の合計金二九五万五、五九二円となる。しかして、亡竹内久雄は、原告に対し同項の損害賠償債務を負担したものというべきところ、被告竹内三名が右債務を各三分の一ずつ相続により承継したことは前判示のとおりであるから、被告竹内三名は原告に対しそれぞれ金九八万五、一九七円(円未満切捨)ずつ支払うべき義務がある。

(むすび)

八 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告小林及び被告今野各自に対し、金二九五万五、五九二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、また、被告竹内三名に対し、それぞれ金九八万五、一九七円及びこれに対する前同様の日である昭和四八年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条第一項の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

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